桂枝茯苓丸を説明するとき、「瘀血」という漢方特有の病理についてご説明しなければなりません。かなり理屈っぽい話になりますが、お付き合いください。
漢方の古典に「通ぜざれば則ち痛む」という有名な言葉がありますが、瘀血をごく簡単に説明すれば、血流がうっ滞して痛みを引き起こした状態、あるいは、うっ滞してできた病理物質そのもの、ということになります。
私が頭のなかでイメージしているのは、血流がどこかでせき止められるために、その上流で行き場を失った血液が溜まって病理物質を形成している感じ、外観としてはひ弱な毛細血管のドロッとしたかたまりです。
よく子宮内膜症や卵巣嚢腫が瘀血の例として挙げられ、産婦人科で桂枝茯苓丸が処方されることがあります。これもある意味正しいのですが、実際の瘀血の概念はもっと広いものです。つまり、血流のうっ滞は体の一部ではなく全身で起こるので、瘀血は全身の色々な痛み、例えば肩こりや頭痛、腰痛の原因になることがあります。もちろん男性にも起こります。それから、転んで足首を捻挫して紫色に腫れてしまったというような時も、これを瘀血と捉えて治療すると早く痛みがとれたりします。
そう、瘀血の色は打身痕のような紫色(暗赤色)で、体の外から見てもわかるというのも特徴です。有名なのは舌下静脈の怒張や細絡と呼ばれる一種の静脈瘤、目の下のクマですが、生理の出血(経血)そのものが暗い色をしていたり、大きなかたまりが混じったりするのも瘀血を示唆します。
ただし、瘀血はある程度の年数をかけて形成されるので、10代の方の生理で経血にかたまりがあっても、単純に瘀血として桂枝茯苓丸を用いることはありません。30代以上の方で経血にかたまりがあり、出血量が多くなって困っている、生理痛も辛い、そんな場合に用います。これも私のイメージですが、生理の時には血液を堰き止める力が強く働くために、上流のひ弱な新生血管が破綻しやすくなり、過多月経を引き起こします。特に閉経前の数年はそんな状態になることが多いのですが、ここで桂枝茯苓丸を用いると驚くほど速やかに出血が減ってきます。
さてここで問題。桂枝茯苓丸の名前になっている生薬、桂枝と茯苓には瘀血そのものに作用する力はありません。名前に入っていない牡丹皮と桃仁という生薬が瘀血を除いていきます。瘀血の薬なのにどうして牡丹皮桃仁丸という名前じゃないのか?ちょっと不思議な感じがします。
私が思うに、瘀血をつくってしまう血流の悪さ、そこをスムーズに流してくれるのが桂枝と茯苓なんですね。「瘀血だけ消そうとしてもダメだよ。その原因になっている血流の悪さを改善するのが大事なんだよ」というこのお薬をつくった人のメッセージが、薬の名前に入っているんじゃないかと思っています。