漢方豆知識
2020.07.31

感情の居場所 〜前編〜

 

 漢方の勉強を始めた頃に面白いと思った「感情」のこと。今回は感情にまつわる漢方のお話を書きたいのですが、その前に少し準備、予備知識が必要になります。この準備の話も面白いと思いますので少々お付き合いください。

 という訳で、まずは「臓器の名前」のお話。漢方で臓器といえば「五臓六腑」です。一度は聞いたことがある言葉だと思います。お酒の好きな方なら一度は暑い日の仕事終わりのビール一杯で「あー、五臓六腑に染み渡る…、」と口走ってしまったことがあるかも知れません。私も一緒に飲んでいる相手に、ついつい「五臓六腑に…」と同意を求めたことがあったように思います。

 ところで五臓六腑が何かをご存知でしょうか。もし知らないで口にしていると、「ボーッと…!」チコちゃんに叱られてしまいますよ。五臓は肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓の五つ。六腑は胆嚢、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦(さんしょう)の六つのことです。

 洋の東西を問わず、人は紀元前の昔から体の解剖をして臓器に名前をつけ、その納まっている位置や消化器官の連なりから、それぞれの臓器の働きを解釈してきました。

 江戸時代にオランダ語の医学書『ターヘル・アナトミア』を翻訳して書かれた『解体新書』という本がありますが、この翻訳の時には、臓器の名前に漢方で使用していた五臓六腑を当てはめました。例えばオランダ語のHart。ターヘル・アナトミアの説明を読むと「拍動していて全身に血液を送る臓器」などと書かれていて、翻訳をしていた杉田玄白らは「Hartは我々の知っている心の臓と同じ感じじゃな。Hartは心臓と翻訳にせんまいけ?(注:杉田玄白は江戸の人なので富山弁は使ったはずはないですが、雰囲気が出るのでご容赦ください)」と言った具合。と想像します。

 一方で三焦なんていう臓器は聞いたことがないと思います。漢方で使っていた三焦と同等の臓器がターヘル・アナトミアには見当たらず、現代医学からその名前は消えました。そして漢方になかった膵臓という臓器は、新たに漢字を作って翻訳されました。(「膵」は和製漢字のため、中国では膵臓は「胰腺」と別の漢字が使われています。)ちなみに神経という概念も漢方にはなく、この単語も翻訳の時に初めて作られました。

 この翻訳という作業のために、現代医学と漢方で臓器の名前は共通していますが、漢方での臓器の働きの解釈は現代医学のそれとは違うため、漢方を勉強する時に混乱が生じやすくなっています。漢方で言う臓器の名前と現代医学での臓器の名前は同じでも、その機能は同じではありません。その違いの一つの「感情」があります。

 さあ準備ができました。次回は「感情の居場所」本編に入ります。